「―――うむ」
 
 ほっと、一息ついた。
 
 拡大鏡を外し、小槌で肩を叩く。机の上の作業板で、刻印を終えた銃弾が出番を待って鈍く輝く。
 
「出来たか?」
 
「ああ」
 
 錆びた声に、短く答えた。
 
 ―――透過式徹術弾。
 
 敵の攻性魔術を貫通して相手を射抜くこの弾丸は、マガジン二つ分で二万$。
 
 安い買い物ではない。拡大鏡を布で磨きながら、ダグラス・ディーダーは買い手の顔をじっと
見つめた。
 
「何だ?」
 
「いや―――執行者の仕事ってのは、儲からないな」
 
「必要経費込みだからね、仕方が無い」
 
 馴染みになった客。まだ若い男だ、そのくせどこか死んだような目をしている。
 
 だが、瞳の奥には怒りがある。
 
「良かったら聞かせてくれないか」
 
「何を」
 
「仕事。受けた理由さ」
 
 不思議な男である。
 
 いくら容易い仕事だろうと請けない。そのくせ、生死に関わる話でも暗い怒りをたたえた瞳
で請ける。
 
 その瞳に輝く色が、彼の興味を引き付けた。
 
「たいした理由じゃない」
 
 そっけなく、衛宮切嗣は答えた。
 
「奴がさばいている物か?」
 
 ひく、とマユゲが跳ね上がる。次に飛び出すのは言葉か銃口か。
 
 恐らくは当りだろうと見当をつけ、追求をやめた。
 
「……たいした理由じゃない」
 
「まあ、そう言わずに。頑張れよ、正義の味方」
 
 それを、深く考えて言ったわけではない。
 
 男が見せた反応は劇的だった。
 
 苦しげな呻きに顔を上げる。歯を食いしばる男が、ダグラスを見下ろしている。
 
「エミヤ?」
 
「僕は―――そんな人間じゃない」
 
 泣きそうに笑いながら。
 
 叫ぶように囁いて。
 
 衛宮切嗣は店の扉に向かった。
 
「おい、勘定」
 
「―――」
 
 戻ってきた彼の手から、無造作に札束がテーブルに置かれる。電話が鳴ったのも同じタイミ
ングだった。
 
 勘定機にそれを放り込んで、切嗣に数え終わるまで待て。と言った。
 
 困ったように、男は立ちつくした。
 
「Yes? おー、ウィル・フォウスか、どうした?」
 
『おい、其処にエーミヤは居るか?』
 
「居るが?」
 
『良かった、ちょっと代わってくれ!』
 
「?」
 
 旧知の魔術師からだった、ひどく焦っている。どうやって此処に衛宮が居るのかを知ったか
知らないが―――
 
「お前宛だ」
 
「僕に?」
 
 ―――ともあれ、これは自分あてではない。そう判断して、ダグラスは受話器を差し出し
た。
 
 怪訝な顔をしながら切嗣は受話器を受け取る。
 
『エミヤか!? Fuck!! なんてタイミングだ!」
 
「ウィル? 落ち着いて話してくれ、いいか、何の話だ?」
 
 受話器越しでも判るあせりと怯え、それは―――
 
『聖堂教会が動いた、代行者がそちらに送られる! 増援を協会は決定したぞ!』
 
 ―――クソッタレな神の僕が動いた。その知らせだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                       『A good & bad days 3.』
                         Presented by dora
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 3/
 
 〜Interlude in〜
 
「執行官、イレーネ・ヴィルギニーア」
 
「何でしょう」
 
 ―――時計塔地下。広大な地下建造物の更に奥底で、執行官は任務を伝えられる。
 
 イレーネは内心眠気を覚えながら、通達を聞いていた。
 
 
「聖堂教会がジョナサンの確保に動いた、任地にはエミヤが行っている、彼を補佐してこれを撃退して欲しい」
 
 難しい話だ。拒否権は、君の側にある。と、上司は言った。
 
(―――ハ、笑わせる)
 
 考えるまでも無い、魔術師殺しに恩が売れるならば、そんな機会を放ってなどおけない。
 
「はい、了解しました」
 
「そうか、資料を渡しておく」
 
 封筒が渡される。それを一瞥すらせずに受け取ると、イレーネは一礼して部屋を出た。
 
 人のヘルプに入るのは趣味じゃないが、衛宮切嗣となれば話は別だ。
 
 凄腕で通る男が、てこずっている所なんて滅多に見られるものじゃない。極上の娯楽を目の
前にしたような気分だった。
 
「よう」
 
「なに、何か用」
 
 ため息を吐くと、気安く声をかけてきた男に振り向いた。
 
「衛宮の手伝いだって?」
 
「だから何よ」
 
「やめたほうが良いぜ」
 
「もう受けちゃったから」 
 
 教会の代行者が絡んで来ているようだが関係ない。
 
 にっこり近付いて首をはねればオールオッケー。目撃者も消して万事オッケーだ。
 
「エミヤでしょ、先に行ってるの」
 
「そうらしいな」
 
「貸しを作るチャンスじゃない」
 
「そら大きな間違いだ」
 
 なんでよ、と目線で聞くと。
 
「あいつに恩を売るのは無理。下手に手伝うとこっちまで殺されちまう。瞬間湯沸かし器の姉
御より気が短いかもしれないぜ?」
 
 と、男はふざけた事を言った。
 
 シークタイムゼロセコンド。とりあえず鉄拳をお見舞いした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〜Interlude 2〜
 
「―――衛宮切嗣、か」
 
 一束のレポート。その最初の項目に名前が書かれていた。手に取る事は無い、彼の両手
は今塞がっている。
 
 レポートは閉じられていない。蹴り飛ばすようにして、二枚目を開いた。其処に、今回の任
務の支障になると思われる男がまとめられている。
 
「……魔術礼装が銃、か」
 
 ぎっ、ぎっ、と異音が響く。男が銃弾の先に十字の切り傷を付けているのだ。
 
 神の加護は彼にある。
 
 魔術と言うからには、悪魔の加護も奴にある。
 
 ならば、運が無いのは二人のうちどちらか―――
 
「主よ、我等に哀れみを」
 
 がちり、がちりとオートマチックの弾倉に十字の弾丸が送り込まれる。一丁、二丁―――い
くつものベレッタM92FSに弾を詰めると、男は壊れかけの椅子から立ち上がった。
 
 一度だけ、足の下の写真に目を落とした。ばらついた髪に、無精ひげ。ひょろりと長い長身
の日系人―――
 
「―――同郷か、寂しい話だ」
 
 ゆっくりとホルスターに銃を仕込む。
 
 今焦る事は無い。
 
 焦るのは、殺して懺悔をする時で充分だ。
 
 煙草に火をつける。窓から見えるこの街の路地は、今日も薄暗い。
 
 ビルの向こうの青空を見ながら、教会の扉を開ける。小さな車のドアに凭れ、目を瞑った。
 
「―――A−men」
 
 煙草を側溝に吐き捨てると、南雲光一はエンジンをかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〜Interlude 3〜
 
「衛宮切嗣か」
 
 低く篭った声で、ジョナサンは呟いた。
 
 声は呪いで満ちている。視線で人が殺せるなら、話に聞く直死の魔眼なら、恐らくは相手の
死を具現化できるほどの蛇眼。
 
「衛宮、切嗣か」
 
 もう一度呟く。
 
 有名な男だ。否、有名どころの話ではない。使用する魔術まで完全に公表されている。
 
「三流が―――わしに楯突くとは」
 
 固有時制御以外には、なんら見るところの無い魔術師だ。
 
(使用する礼装が銃? 馬鹿げている。近代兵器になど何の神秘も宿らないことすら理解して
いないらしいな)
 
「探し出せ、生きたまま腸を引きずり出してやる!」
 
 狂気と怒気、悲しみを少し。正気は振り掛ける程度。
 
 感情のレシピは把握している。
 だが、狂った頭では何を考えても意味が無い。そんな事などジョナサンはとうに失念してい
た。
 
 〜Interlude out〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 彼の定位置だった窓辺に腰掛けて、ため息を一つ。
 
 幸せが逃げていくな。と、思いながらも、胸のわだかまりに任せた。
 
「……ほんと、何処に行ったのかしら」
 
 切嗣が姿を消してから、既に三日の時間が流れていた。
 
 ちょっと出てくる。
 
 と、出かけて行ったきり。連絡も無いのはどうかと思う。
 
「Hu……」
 
 もう一度ため息。
 
 どうやら、ナタリー・オールドマンは―――すっかりあの男を好きになってしまったらしい。
 
「帰ってくるよね」
 
 風に乗せた呟きは。
 
 遠くの誰かに届いただろうか?
 
 
 
 
 
 
 

 ―――同時刻。
 
「エミヤ」
 
「ヴィルギニーアか?」
 
 下水道という物が在る。
 
 構造さえ把握すれば、都市の何処にでも出現可能な現代の迷宮に、二人の執行官の姿が
あった。裸電球が燈る、管理室前の廊下だ。事前に進入禁止の結界をイレーネは用意した。
 
(ひょっとしたら―――いや、話に聞く限り十中八九戦闘になる)
 
 そのための下準備は万全だった。
 
 床には脚萎えの呪いを。
 
 壁には疲労の呪いを。
 
 剣には吸収の呪詛を。
 
 この状態ならば代行者ですら単独で撃退してみせる。そう、ほくそ笑んだ程の罠―――
 
「梃子摺っているんだって? 手伝ってあげようか」
 
 男に掛けた声は、自分でも驚くほど強気だった。
 
「余計なお世話だ」
 
 無愛想な男だ。
 
 しゅぽ、と、彼が煙草に火をつける。ほんの数秒、辺りがぼんやりと照らし出された。
 
 ホタルの明かりの様に、煙草の火が揺らぐ。
 
「僕の仕事だ」
 
 言外に、邪魔をするなと言われたようなものだった。
 
「代行者が絡んできてるんだって」
 
「関係ない」
 
 親切から言った事を邪険にされると、大概の人間はむっとする。
 
 悪い事に、イレーネ・ヴィルギニーアはどちらかと言えば気が短い分類で、性質の悪い事に
喧嘩っ早い人種だった。
 
 瞬間湯沸かし器の異名は伊達ではない。
 
「……私はいらないって?」
 
「そうだ。邪魔をしないで貰う。―――もし邪魔になるようなら―――」
 
 ―――お前を殺す。
 
 きっとそう言う積もりなのだろう。そう、彼女は判断した。
 
(上等だ)
 
 一度は試してみたいと思っていた相手だ、相手にとって不足など無い。
 
「面白いじゃないか―――殺れるもんなら殺ってみな!」
 
「何―――?」
 
 一足の間合いをイレーネが踏み込む。剣は抜き打ちに、発動させる刻印は風。間合いを延
長する風撃ちの簡易式だ。
 
「な―――く!」
 
「―――避けたか。だが、次は無い!」
 
 女の言う通りだ。
 
 かろうじて初撃はかわしたものの、避けた弾みに体勢が崩れた。立て直そうとした瞬間、足
から力が抜けてゆく。
 
「な、に―――!?」
 
 二撃目を避ける事が出来ず―――剣の切っ先が、切嗣の肩に突き立った。
 
「ず―――」
 
 よろけながら壁に寄りかかる。途端、ぐん、と力が抜けた。剣と壁から、体力が吸い出され
てゆく。
 
「ぎ―――は、ぐ!」
 
「―――殺った」
 
 突き立ててしまえば、後は魔術を発動するだけ。勝利を確信したイレーネの顔が、流れる血
にゆがむ。震える左手で、切嗣が刀身を掴んだ。
 
「はっ―――は、っは」
 
「顔色が悪いよ、無理はしないほうがいいんじゃないかい?」
 
「ぎ、あ―――が」
 
 ぐい、と押し込む。肉にずりずりと食い込む激痛に、男の顔から脂汗が吹き出た。
 
 後一押し。それだけで腋下動脈が損傷する。そろそろ止めてやろうか、と彼女は思う。
 
(だが、本当にこれがあの魔術師殺しの実力なのか?)
 
「おい、そろそろ勝負はついたんじゃないか?」
 
「――――は、はっ、ぐ――――」
 
 ―――くくっ。
 
「―――!?」
 
 嫌な笑い方だ。人を小ばかにしたような。
 
 男の口元に浮かんだ笑いは、間違いなく嘲笑のそれだった。
 
「何がおかしい!」
 
「は、発動、させてみろ」
 
「何?」
 
 声には自信が満ちている、視線はあくまで挑戦的で敗北者のそれではない。
 
 ぞ、と、背筋を何かが走りぬけた。じり、と、乳房の間を何かが炙る。胸を見下ろせば其処
には―――
 
「攻性魔術……いつの間に!」
 
 オレンジ色にちろちろと輝く魔術の炎。
 
 大きさこそ銃弾並ではあるが、それゆえの貫通力を感じさせる物だった。
 
「……固有……時制御、魔術の発動遅延まで出来るのか」
 
「君が発動させるよりソイツは速い。君が動くよりも」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「致命傷は負うだろう。だが―――僕の勝ちだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 裸電球の明かりの下で、切れ切れの息のままで。
 
 男は淡々と勝利を宣言した。
 
 〜To be continue.〜 









戻る